院長のコラム第5回 恩師T先生
岡山大学整形外科学教室開講60周年記念行事の一環の座談会で、T先生の頃のカンファレンスの風景を話す機会がありました。人間教育を基本に、厳しく指導していただきました。いろいろな思い出がありますが、そのうちのいくつかを紹介します。
『医者である前に常識ある社会人であれ』
M先生が大学院生のころの出来事。学生がポリクリ(臨床実習)で整形外科に回ってきたときの朝のカンファレンス。彼が症例の供覧をし始めたとき、彼の白衣のポケットにはティッシュペーパーが箱ごと入っていました。風邪をひいていました。白衣のボタンを外したまま、前がはだけた状態でした。
T先生、「学生諸君、これが医者に見えるか。M!、きちんと服をせー」。
『李下に冠を正さず』
その頃も今と同様に、職員の駐車場が少ない状態でした。当然患者様の駐車場に医療関係者が駐車することは厳禁でした。ある朝、カンファレンスに遅れそうになったC先生は、つい近くの患者様用駐車場に駐車してしまい、カンファレンスに出ました。その行動をT先生が見ていました。(運の悪い!)その時も、学生が来ていたと思います。症例供覧、手術の人員配置の手配なども済み、カンファレンスが終わりかけた時、T先生「C!<李下に冠を正さず>という言葉を知っているか。おまえは今日、患者さんの駐車場に車を止めた。我々医師はエリートじゃ。人の規範とならにゃーいけん。人に疑われるだけでも恥と思え」。
『レントゲンの見方-まず全体を見よ、そして患部を』
T先生のXP(レントゲン写真)への考えは常に同じでした。正しい方向で、きれいに撮られたフィルムが基本でした。一枚のXPフィルムの中にある情報を大切にされました。このことでの質問・尋問は全員が受けました。その追求はとても厳しく、容赦はありませんでした。「おい、花川、腹の白い影はなんなら?」花川「?」答えられない。フィルムは大腿骨頸部骨折症例(股の骨折)、腹に私の注意はありません。宿題です。
『カンファレンスでの楽しい思い出』
40代男性の股関節正面のレントゲン像をS先生が供覧しました。その股関節フィルムには、陰嚢保護(精子保護)のためにプロテクターがかけられて撮影されていました。「S、なんでプロテクターをかけて撮ったんじゃ。肝心のところが見えん。40歳を過ぎて子供を作るような好き者はおらん。撮りなおせ」。ちょうどT先生の真後ろに私は座っていました。私は当時41歳、末っ子が生まれたところでした。無言でT先生の左肩を2、3度叩きました。T先生が振り向かれました。私は右手で自分を指しました。T先生立ち上がり最敬礼、「失礼しました」全員大笑い。
こうして思い出をたどってみて、改めてT先生のありがたさを思います。<老いて学べば、死して朽ちず>と、今も本を離されない姿を見ると、自分の未熟さを痛感します。未熟ということは、まだ足りない、努力しなさいということだと思います。とてもT先生の域には届きませんが、努力し、進みたいと思っています。